My Ántonia と キッズ・リターン

 アメリカで迎える3年目の年の瀬。といっても、この時期はけっこうやり残した仕事があったりと忙しいし、日本にいるときと違って年越しそばを食べたりわざわざ深夜から初詣に出かけたりすることもないので、毎年かなり平穏に過ごしている(テレビでタイムズ・スクエアの様子を見たりするぐらい)。とはいえ、今年もまた大家が留守なので、犬の面倒を見ながら広々とした家を占領しているのは気分が良い。

 別に何か特別な意味があるわけでもなく、今年最後に読んだ本は Willa Cather の My Ántonia、最後に観た映画は北野武の『キッズ・リターン』となった(もしかしたらどちらも明日中に更新されるかもしれないけど)。マイアントニアは序盤と終盤が少し退屈な小説で、というのも中盤の都市での生活は自然主義小説やモダニストの描くような風俗描写が多分にあって面白いのだが、ネブラスカでの「大自然の小さな家」的な生活はどうにも飽きてしまう。これは本当にシンプルに自分の好き嫌いの問題だと思う。しかし、総合してみるとやはりこれは「偉大なアメリカ小説」と呼ぶべき作品で、「女性」に「時の流れ」と「失われたロマン」を重ねるようなやり方は――イーディス・ウォートンからフィッツ・ジェラルド、フォークナーまでみんなやってるけどその中でも――やはり「ずるいけれど上手い」なと唸らされる。それに、ジム・バーデンという語り手の存在が一筋縄ではいかないようにできていて(しかもそれが狙ってやっているのかどうかも微妙に分からないところがまた・・・)、読後に序文を読み直して「そういえばこいつ結婚してるのか」とかいろいろ考えさせられるところが面白い。技巧的には完全にリアリズムの枠内で考えていいはずなのに、どうもモダニズム的な「仕掛け」が施されているように感じる、まさにキャザーという文学史においてどうにも位置付け難い作家を体現している作品である。

 『キッズ・リターン』は長いこと観なきゃいけないなーと思いながら放置していた作品。最近また北野映画を観返していたのでその流れでとうとう観ることができた。まず普通に思ったのは、ずいぶんきちんとしているな、ということで、それがどうも北野映画としての魅力に欠ける気がした。しかしながら、観終わった後に調べてみると、本作は脚本を何度も書き直し、たけし自身それまであえて無視していた「映画理論」を用いて「大衆に受ける」ことを意図して撮ったらしく、そういう意味ではバッチリ狙い通りに仕上がっている。たけしが「映画理論」をきちんと使いこなせる作家であることは、『アウトレイジ』二作が世に出た現在では尚の事明らかだろう。それが面白いかどうかは、また別の問題である。
 しかし、この映画を多くの人が好ましいと思うのは理解できるし、おそらく一定数の人々にとっては「狂おしいほど好き」な作品たりうるだろう。この映画は明らかに人生において「負け犬」と呼ばれる人々を描いているのだが、「勝ち/負け」という二項対立そのものをあえて無視するような曖昧さ・微妙な手触りのような次元で話が進んでいく。そういう意味で、一見「映画の文法」に忠実なようでいて、本質的にはそういったクリシェな物語(二人の男の対位法、努力と挫折、etc...)の「淡い」に佇むような微妙な感情や感傷を描くことに注力している。例えば、主人公たちの家庭環境が一切描かれないところなど、映画文法的にはまったくもって異質なのだが、観ている側はそのことがあまり気にならないだろう。本作はボクシングという最もリアリズム的なスポーツを描いているにも関わらず、「底辺」を描くリアリズム映画ではなく、非常に抽象的な――それゆえに誰もが共感しやすい感情の劇となっている。
 作中の人物たちの誰もが、常に「なんとなく」「いやいや」行動していることは(金子賢ですら結局は状況に流されて生きている)、「人は社会でこう生きるべきだ」という大きな物語から逸脱してしまう状況の比喩になっているし、それはそのまま「脚本とはこうあるべき」というクリシェからの逸脱ともなっている。物語がなにかゴールを目指しているように作られているからこそ、そうした微妙な逸脱が心地良い。冒頭とラスト・シーンでフラフラと校庭を彷徨う自転車の動きにしても、いかにも青春映画にありがちなシーンのようでいて、実は「一直線」に「疾走」してゆくという青春映画のクリシェとは真っ向から対立している。それは「どこにも行き着かない」動きであり、無限を描くように「いつまでも変わらない」動きでもある。
 あ、ちなみにボクシング映画としても本作は非常に高く評価できると思う。なによりもボクシングそのものに関しては、抽象どころか完全にリアリズムであり、いままで自分が観たボクシング映画の中でもトップクラスに動きがしっかりしていた。最近観た『100円の恋』という映画もめちゃくちゃ良い映画で、しかも主演の安藤サクラのシャドーが最高にカッコ良かった(試合のシーンはちょっとイマイチだったけど)。『キッズ・リターン』の主演の「安藤」政信も、ボクシングの動きはほとんど完璧だったし、試合もちゃんとガチでやっているように見えた。ちなみに、自分が思う最低のボクシング映画は『レイジング・ブル』で、あれはボクシングのシーンもロバート・デニーロの演技も脚本も全部最悪だと思う。今年観た『クリード』は素晴らしい映画だったが、ボクシング自体は「中の上」ぐらいな気がした(映画としては十分に上手いとも言える)。


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