Playtime

 どうも映画のエントリーばかり多くなってしまって、映画ブログみたいになっているのだが、今日ジャック・タチの『プレイタイム』をようやく鑑賞して、そのあまりの素晴らしさに圧倒されたので、どうしても何か書いておきたくなってしまった。
 一言で言って、『プレイタイム』はあらゆる映画をすべてひっくるめても五本の指に入る超傑作だと思う。ちなみに、僕は自分の「オールタイムベスト」を聞かれた場合、とりあえず「カサヴェテスの作品全部」が真っ先に並ぶので、その意味でいままで「オールタイムベスト5」にカサヴェテス以外の作品が入る余地がなかった――が、今日始めて、カサヴェテス作品を押しのけてでも「ベスト5」に入れていいぐらいの傑作と出会った。それほどの衝撃を『プレイタイム』は与えてくれた。
 とはいえ、「衝撃」を強調しすぎるのは正しくないのかもしれない。というのも、僕は既に『ぼくの叔父さん』を鑑賞した際に、ジャック・タチという作家に完全に入れ込んでしまったし、あの作品でジャック・タチ作品のムードというか、彼の「やり口」をよく分かっていたからこそ、『プレイタイム』は最初から最後まで存分に堪能することができた。例えるならディズニーランドの『イッツ・ア・スモールワールド』のようなアトラクションに乗っているようなもので、冒頭から最後に至るまで、「来るぞ来るぞ」という期待に胸をときめかせながら、ひたすらタチの「完璧に計算された完璧なハプニング」の洪水に没頭することができたのである。
 『プレイタイム』が同時代の多くの批評家に酷評され、タチ自身の再評価も90年代まで待たねばならなかったというのは驚くべき事態である。というも、『プレイタイム』とは世界最高のエンターテインメント・ショーにほかならず、巨万の富をかけて作られた都市のセット「タチ・ヴィル」が象徴するように、それは「ディズニーランド」の完全上位互換であり、凄まじいまでの綿密さによって細部まで快楽を詰め込んだ至高の遊園地であるからだ。そのことを噛み締めながら子供のように画面に食い入っていた僕は、映画の最後の数分間、タチがによって魔法をかけられて街全体が文字通りの遊園地へと変貌していく様に、「この映画のオチはこれしかありえない」という必然性を理解しつつも、「こんなに素晴らしい世界があっていいのか」と涙すら覚えるほどに感動していたのだった。

 僕はタチについての伝記や諸研究をまったく知らないままにこの文章を書いているのだが、少なくとも彼がスタンリー・キューブリックもかくやと言うべき「完璧主義者」であることは疑いえない。それは画面に投入されたおびただしい数の役者達が、まるでアンドロイドのように「タチ的身体」を模倣し、演技する様に明らかだ。デフォルメされたパリの情景――オフィス・ビル、商店街、バー、レストラン――は完璧に計算されて構築されたセットであり、そこで同時多発的に起きる雑然としたハプニングの数々もまた、役者達の常軌を逸した完璧なタイミングによる演技と、それら睥睨する長大なパースペクティブとロングショットの連続を操作するこれまた信じがたい撮影技術によって「偶然の踏み入る隙間もない」ほど完成された映像を作り出している。
 恐ろしいのは、それによってタチが到達しようとするものが、近代社会の「混沌と偶然」の喜劇であるという点だ。むろん、計算されたパフォーマンスとしてのハプニングというのは、スラップスティック・コメディの時代から一貫して続く伝統である。そのような伝統の頂点を極めたのが、タチだと見做してよいだろう。そしてチャップリンやキートンがしばしば垣間見せた叙情性もまた、しっかりとタチに受け継がれている。技術と大量生産によってあらゆるものを管理・画一化しようとする近代社会のグロテスクさを笑いにするタチの映画がシリアスな文明批評の側面をもつことは確かである。だが結局のところ、そのような窮屈な文明に絶えず衝突する愚かで卑小な人間を、タチはどうしようもなく愛おしく思っている(もちろん、そのようなタチの視線は、人間の悪をあらかじめ排除してしまうユートピア的な楽観主義に根ざしている。この微温的な態度が、タチ自身の人生や思想をどの程度反映しているのかは、非常に興味深い問題でもある)。

 ところで、プレイタイムはオープニングと中途のレストランのシーンでモダンジャズが非常に効果的に使われているのだが、これが誰による演奏なのか、ちょっと調べた限りでは判然としなかった。一聴した限りでは、フレディ・ハバードが脱退した直後のジャズ・メッセンジャーズのような感じがしたのだが、オルガンも入ってたのでたぶん違う。が、いずれにせよかなり正統派のハード・バップだった。
 それと、非常に細かい部分だけれども、映画中、ガラスの扉にエッフェル塔や凱旋門が一瞬反射するシーンの美しさだけは、最後に言及しておきたい。ユロ氏からアメリカ女性への贈り物のセンスのよさといい、タチはとにかく「粋(いき)」である。

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