ウィラ・キャザーと与謝野晶子(とフィッツジェラルド)

 明けましておめでとうございます。

 アメリカにいてもやはり正月は日本らしいものが食べたい・・・ということで雑煮を作ろうと思ったのに、クリスマスでも営業している(アメリカではほとんどの店が閉店する日)中国系スーパーが閉まっていたので、餅が買えず、正月らしさが味わえていません。ちなみに、三つ葉は夏に植えておいたものが未だに少しだけ生えているので、それを使うつもりです――最近、雪も降ったしかなり冷え込んでいたのに、鉢植えのなかで三つ葉が健気に背を伸ばしていたのを見つけた時は、生命の神秘を感じました。

 さて、前回、キャザーの『私のアントニア』と北野武『キッズ・リターン』を「特に何の理由もなく」同時に鑑賞したと書きましたが、考えてみるとこの二つはテーマ的に似通ったところがありました。どちらも、「失われた青春」へのノスタルジーが作品の鍵となっているのです。

 とはいえ、『キッズ・リターン』のほうは、「俺たちもう終わっちゃったのかなあ」 「バカヤロー、まだ始まっちゃいねえよ」という(『あまちゃん』でクドカンがオマージュしていた)終わり方で、「青春に終わりはない」といったポジエティブな締め方をするのですが、キャザーのほうはもう少し曖昧。というか、作中でも繰り返される冒頭のエピグラフ―― "Optima Dies . . . Prima Fugit" というウェルギリウスの詩の一節が象徴しているように、「人生の最良の時は最も早く過ぎてゆく」というわけで、人はいつまでも青春してはいられない、という諦観が作品に込められていると思います。

 私個人としては、あまりいつまでも若さに拘るのはよくないというか、結局のところ「青春」とは失われて初めて気づくものなのだから、そういうものとして諦めるのが正しい大人の在り方だと思っています。が、やはりこの数年はそういう意味で、自分自身こうした言葉が最も響く年齢でした。29歳の時など、本当に30歳になるのがいやでいやでたまりませんでした――去年31になりましたが、30超えるとどうでもよくなりました。

 で、「30歳」「失われた青春」とくると、ただちに思い起こされるのが『偉大なギャツビー』でニックが急に今日が自分の誕生日だったと気づくシーン。
“No . . . I just remembered that to-day’s my birthday.” 
I was thirty. Before me stretched the portentous, menacing road of a new decade. . . . Thirty—the promise of a decade of loneliness, a thinning list of single men to know, a thinning brief-case of enthusiasm, thinning hair.

これを初めて読んだ若かりし時の自分は、「まぁ30ってそんなもんかなぁ」と思っていましたが、いま改めて読むと「ふざけんじゃねぇまだまだ人生これからじゃ!」と言ってやりたい気になります(だいたい自分は髪が抜けるどころか白髪だって一本もありません)。ただまぁ、人は30くらいになるまで「自分は永遠に若い」みたいな気でいるものだ、というのがよく分かる一節です。

 フィッツジェラルドが『ギャツビー』を書いていたのはちょうど20代の終わりで、キャザーが『私のアントニア』を書いた時にはキャザーはもう45歳。フィッツジェラルドの「若々しい諦観」に比べると、キャザーのほうがやはり重みがあります。そして、ちょうどキャザーと同世代に生まれた日本の偉大な歌人、与謝野晶子が46歳の時に詠んだ歌が、
御空より半はつづく明きみち半はくらき流星のみち
己を星の子に擬えた与謝野鉄幹の妻として、晶子も自らをよく星に仮託した歌を詠んだ。上の歌は、関東大震災の直後に出版された歌集『流星の道』の冒頭を飾る一句で、未曾有の災害を「生き延びてしまった」彼女の、「衰えゆく自分」への深い自省の念が刻み込まれている。キャザーにせよ、晶子にせよ、「私ももう老いたなぁ」と感じるのが40代半ばというのは、とてもリアリティがある気がする――と、30代になったばかりの自分には思える。

 正月そうそう、なんでこんな暗い話をしなきゃならないのか、自分でもよくわからないが、ともかく、「人生は無限」などという楽観主義に惑わされず、いよいよ気を引き締めて生きていこうなどと思うのでした。




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