市川崑『細雪』

 例のごとくFilm Struckで観たんですが、英語題は The Makioka Sisters。『カラマーゾフの兄弟』みたいでこれはこれで悪くない。市川崑の作品では『悪魔の手毬唄』に並ぶ最高傑作ではないだろうか。恥ずかしながら原作未読なんですが、四姉妹が妙にみちゃいちゃと仲良くしたり、役者としていい味出してた伊丹十三の作品におけるようなユーモラスな雰囲気なんかは、映画版ならではのもののような気がする。
 吉永小百合演じる三女の雪子が good girl なのか bad girl なのか、石坂浩二のキャラクターは何を考えているのか、そこのところが映画を観ただけではどうもしっくりこなかった。普通に考えるとこの物語の視点人物が石坂浩二であり、フォークナーの『響きと怒り』でいったら妹に「失われつつある南部」の理想を押し付けるクエンティン・コンプソンのような自意識家、なのだろうと思うけど、映画はもっと風俗小説的になっていて、全体に悲劇というより喜劇の調子なので、最後の石坂浩二の「涙」がいったいぜんたい何を意味しているのか、よく分からない。いつも飄々と立ち回っていた彼が果たしてモダニズム的な「ロマンティック・アイロニー」の人であるのかを判断するには、映画はあまりに情報が不足している気がする。
 全体の雰囲気は、成瀬の『流れる』や小津の『小早川家の秋』にとても良く似ている。移りゆく世界の儚さを、プチ・ブルの階級的な落下とともに、喜劇的なタッチで描いた作品群。本作は戦前の作品なので、そこに戦争の影が忍び寄っていくのがまた素晴らしくグッとくる。
 作品の白眉は、個人的にはやはり長女夫婦。岸恵子の役ははじめ山本富士子にオファーが行っていたというのは、映画を観た人なら誰しもが合点のゆくことでしょう。でも、岸恵子の演技は素晴らしかった。マスオさん的亭主の伊丹十三がまた「奥さんを愛している」のが実によく伝わる好演。この二人は小津の『お茶漬けの味』の夫婦と並んで、最高に愛らしいカップルである。
 例によっておぞけ立つほどに美しい舞台美術と撮影もあって、正月とか、年に一度ゆっくり日本酒でもかたむけながら観たくなる大傑作でした。いやーほんと良い映画だった。

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