鮎川哲也『りら荘事件』

 私はあまり推理小説を読まない(特に日本のは)。ので、ミステリ界の大御所、いまやその名を冠した公募賞レースが「新本格」の牙城となっている鮎川哲也についてもまったく知らなかった。というか、はじめは普通に「へー、バロウズ訳したりモダニズム詩を書いた人だと思っていたが、実は推理作家が本業だったのか」などと思ったりした。もちろん、鮎川信夫とごっちゃになっただけである(こちらも推理小説に造詣が深いのがタチが悪い。この前のエントリーで書評した丸谷才一のアンソロジーが示すように、戦後の重要な作家はみな推理小説にどっぷり浸かっている)。

 ところで、その鮎川氏の代表作の一つである本作『りら荘殺人事件』だが、ちゃんと事件が起きたり重要な台詞があるたびに「まさかこんな些細なことが後々、事件解決の糸口になるなどとは思いもよらなかった」といったことを地の文で説明してくれるという出血大サービス。そのおかげか、普段、推理小説を読んでいても(面倒くさくて)ほとんど推理をしない私でも、トリックと犯人をごく冒頭の時点で見抜くことができてしまった。

 私がこの小説のいいな、と思うところは、そうした実直な書きぶりに呼応するかのように、何気ない会話やシーンの転換などに簡素にしかし印象深い情景描写をビシッとはめ込んでくれる点だ。読んでいて、「ああ、ちゃんと小説しているなぁ」と思った。

 後半、探偵役が現れてからの展開にずいぶんと無理があるなぁ、まるで中編を無理やり引き伸ばしたみたいだなぁ、と思って読んだのだが、果たしてどうもそのとおりだったようである。それがなければもっとシンプルで美しい作品に仕上がっていたと思う。

 鮎川哲也賞といえば、今年かなり力強くプッシュされている授賞作品の今村昌弘『屍人荘の殺人』。あれもとにかく減点すべきところのない、すべてに手が行き届いてホコリひとつおちてない家みたいな作品だった。読みながら、この作者はほんとうに知性派だなと思った。自分で自分の作品を巧みに編集できている。搦手のように言われる設定の独創性ばかりが評価されるのだろうけれど、私はむしろ正真正銘、変化球一切なしの文体がなければここまでプッシュされなかったろうなと思う。

 ただ、本当に一番最後の一行だけが、意味不明だった。ネットで調べても、けっこう疑問に思っている人がいるようでもある。たぶん続編を意図してのことなのかもしれないが、文章として本当に意味がとれない。誰か解説してほしい。

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